漫画にヒロインは必要か?不要かどうか真面目に考察

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こんにちわ!ヤマモト ケンタ(@wmwyk)です。

僕は小学生時代から漫画家になりたいなぁなどと思いながら、漫画を描いていました。

そのころの僕は、自作の漫画にはヒロインを出しませんでした。

子供の頃はヒロインの存在に懐疑的でした。必要なのかと。

アラサーになった今、ヒロインが必要か不要かと聞かれれば「場合による」と答えます。

ということで(?)今回はヒロインの必要性について持論を展開していきたいと思いまーす。

ヒロインはいらない?それともいる?

ヒロインには大きくわけて2つのタイプが分けられると思います。

  • 守られるだけのヒロイン
  • 自分で行動できるヒロイン

だいたいのヒロインが、この2タイプのどちらかに分けることができます。

そして守られるだけのヒロインというのは不要で、自分で行動できるヒロインというのが必要なヒロインと考えます。

守られるだけのヒロインは不要

守られるだけのヒロインは不要というのは、ただいるだけの存在ということです。

例をあげれば『ヒカルの碁』の藤崎あかり(古いなぁ)とか、『テニスの王子様』の竜崎桜乃などです。(嫌いといっているわけではありません)

ただかわいいだけ、ただ主人公の後をついていくだけ、という主体性の無い感じのキャラは動かしにくいのでストーリーから徐々にフェードアウトしてしまいます。

幽遊白書のヒロイン、雪村螢子も「守られるだけのヒロイン」に含まれており、もう1人のヒロイン(?)ぼたんに完全に人気が食われています。

しかも螢子は作者の冨樫にも嫌われていますからね(動かしにくいという理由で)

逆にぼたんが人気なのは主体性があり、自分で動けるからでしょう。

「主人公がやったから自分もやる」とか「主人公がいなきゃなにもできない」といったタイプのヒロインではないということです。

自分で行動できるヒロインは必要

自分で行動できるヒロインというのは主体性があるというこです。

上述したようにぼたんは「自分で行動できるヒロイン」に分類できます。

他に例をあげるなら、『鋼の錬金術師』のウィンリィ・ロックベルや『シャーマンキング』の恐山アンナなどですね。

ウィンリィは主人公エドのオートメイルを整備するという重要な役割があり、ストーリーのコアな部分にもしっかりと絡んできます。

恐山アンナはジャンプ系バトル漫画のヒロインとしては珍しく、主人公とは最初から相思相愛の仲で主人公の事を愛しているとも言っています。

そしてアンナがいるからこそ、主人公は強くなれるという描写がなされています。

自発的に動くキャラというのは、作者的にも描きやすく、ストーリーからフェードアウトしにくいわけです。

そして主人公が、人として1段階成長できる要素としてのヒロインであれば、なおよいのです。

主人公が人として成長できるというのは、主人公がより魅力的なキャラになれるということ。

やはり主人公が成長してこそ、ストーリーは面白くなるとおもうので、その面白さにヒロインがカラメルというのは非常にイイことです。

まとめ

今回は、守られるだけのヒロインは不要と書きましたが、「守られるだけのキャラ」というのはヒロインだけでなく主人公とかサブキャラにしたって魅力的にはなりません。

要するに自主的に動けなければ、主人公だろうがヒロインだろうがいらないキャラになってしまうという事ですね。

この記事を書いた人
ヤマモト ケンタ

当ブログ管理人のヤマモト ケンタです。
子供の頃にいじめにあい自己肯定感が低いまま育つ。
20歳の頃にから、あまりに消極的な性格を変えるためSNSを通じて人と会い、コミュ力を上げる努力をする。
2014年からは副業もはじめ、人脈作りと収入アップを目指す。
努力の結果、友達の数も収入もアップしたがどこか満たされない日々を送る。
そして遂には頑張ることがイヤになり、将来に絶望する。
そんな時に心理学セミナーのセンターピースと出会い、不安が嘘のように晴れる。
満たされなかった原因は、自分を追い込みすぎていたことだった。
同じように苦しんでいる人が晴れやかな気持ちになれるよう、自分の体験談を公開中。

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